明治33年
鉄道唱歌
(東海道編)
66番まであります。

大和田建樹 作詞
多 梅稚 作曲

汽笛一声新橋を はやわが汽車は離れたり
愛宕の山に入り残る 月を旅路の友として

右は高輪泉岳寺 四十七士の墓どころ
雪は消えても消え残る 名は千載の後までも

窓より近く品川の 台場も見えて波白く
海のあなたにうすがすむ 山は上総か房州か

梅に名をえし大森を すぐれば早も川崎の
大師河原は程ちかし 急げや電気の道すぐに

鶴見、神奈川あとにして 行けば横浜ステーション
みなとを見れば百ふねの 煙は空をこがすまで

横須賀行きは乗りかえと 呼ばれておるる大船の
つぎは鎌倉鶴が丘 源氏の古跡やたずね見ん

八幡宮の石段に 立てる一木の大いちょう
別当公卿のかくれしと 歴史にあるはこの蔭よ

ここに開きし頼朝が 幕府のあとを何かたぞ
松風さむく日はくれて こたえぬ石碑は苔あおし

北は円覚、建長寺 南は大仏、星月夜
片瀬、腰越、江ノ島も ただ半日の道ぞかし

汽車より逗子をながめつつ はや横須賀につきにけり
見よやドックに集まりし わが軍艦の壮大を

支線をあとに立ちかえり わたる相模の馬入川
海水浴に名を得たる 大磯見えて波すずし

国府津おるれば馬車ありて 酒匂、小田原とおからず
箱根八里の山道も あれ見よ雲の間より

いでてはくぐるトンネルの 前後は山北、小山駅
今も忘れぬ鉄橋の 下ゆく水のおもしろさ

はるかに見えし富士の嶺は はや我がそばに来りたり
雪のかんむり雲の帯 いつもけだかき姿にて

ここぞ御殿場夏ならば われも登山をこころみん
高さ一万数千尺 十三州もただひと目

三島は近年ひらけたる 豆相線路のわかれみち
駅にはこの地の名をえたる 官幣大社の宮居あり

沼津の海に聞こえたる 里は牛伏、我入道
春は花咲く桃の頃 夏は涼しき海のそば

鳥の羽音におどろきし 平家の話は昔にて
今は汽車ゆく富士川を 下るは身延の帰り舟

世に名も高き興津鯛 鐘の音ひびく清見寺
清水につづく江尻より ゆけば程なき久能山

美保の松原田子の浦 さかさにうつる富士の嶺を
波にながむる舟人は 夏も冬とや思うらん

駿州一の大都会 静岡いでて阿倍川を
わたればここぞ宇都の谷の 山きり抜きし洞の道

鞘より抜けておのずから 草なぎはらいし御剣の
みいつは千代に燃ゆる火の 焼津の原はここなれや

春さく花の藤枝も すぎて島田の大井川
むかしは人を肩にのせ 渡りし話もゆめのあと

いつしか又も暗となる 世界は夜かトンネルか
小夜の中山夜泣石 問えども知らぬよその空

掛川、袋井、中泉 いつしか後にはやなりて
さかまき来る天竜の 川瀬の波に雪ぞ散る

この水上にありと聞く 諏訪の湖水の冬げしき
雪と氷のかけ橋を わたるは神か里人か

琴ひく風の浜松も 菜種に蝶の舞坂も
うしろにはしる愉快さを うたうか磯の波のこえ

煙を水に横たえて わたる浜名の橋の上
たもと涼しく吹く風に 夏ものこらずなりにけり

右は入海しずかにて 空には富士の雪白し
左は遠州灘近く 山なす波ぞくだけ散る

豊橋降りて乗る汽車は これぞ豊川稲荷道
東海道にてすぐれたる 海のながめは蒲郡

見よや徳川家康の 起りし土地の岡崎を
矢矧の橋に残れるは 藤吉郎のもの語り

鳴海しぼりの産地なる 鳴海にちかき大高を
下りておよそ一里半 ゆけば昔の桶狭間

めぐみ熱田の御社は 三種の神器の一つなる
その草薙の神つるぎ あおげや同胞四千万

名だかき金の鯱は 名古屋の城の光なり
地震のはなしまだ消えぬ 岐阜の鵜飼も見てゆかん

父養いし養老の 滝は今なお大垣を
三里へだてて流れたり 孝子の名誉ともろともに

天下の旗は徳川に 帰せしいくさの関ヶ原
草むす屍いまもなお 吹くか伊吹の山おろし

山はうしろに立ち去りて 前に来るは琵琶の海
ほとりに沿いし米原は 北陸道の分岐線

彦根に立てるは井伊の城 草津にひさぐ姥が餅
かわる名所も名物も 旅の徒然のうさはらし

いよいよ近く馴れ来るは 近江の海の波の色
その八景も居ながらに 見てゆく旅の楽しさよ

瀬田の長橋横に見て ゆけば石山観世音
紫式部が筆のあと のこすはここよ月の夜に

粟津の松にこととえば 答えがおなる風の声
朝日将軍義仲の ほろびし深田はいずかたぞ

比良の高嶺は雪ならで 花なす雲にかくれたり
矢走にいそぐ舟の帆も 見えてにぎおう波の上

堅田へおつる雁がねの たえまにひびく三井の鐘
夕ぐれ寒き唐崎の 松には雨のかかるらん

むかしながらの山ざくら におうところや志賀の里
都のあとは知らねども 逢坂山はそのままに

大石良雄が山科の そのかくれ家はあともなし
赤き鳥居の神さびて 立つは伏見の稲荷山

東寺の塔を左にて とまれば七條ステーション
京都京都と呼びたつる 駅夫の声も勇ましや

ここは桓武の帝より 千有余年の都の地
今も雲井の空高く あおぐ清涼紫宸殿

東にたてる東山 西にそびゆる嵐山
かれとこれとの麓ゆく 水は加茂川桂川

祇園、清水、知恩院 吉田、黒谷、真如堂
ながれも清き水上に 君が世まもる加茂の宮

夏は涼みの四條橋 冬は雪見の銀閣寺
桜は春の嵯峨御室 紅葉は秋の高雄山

琵琶湖を引きて通したる 疎水の工事は南禅寺
岩切り抜きて舟をやる 智識の進歩も見られたり

神社仏閣山水の 外に京都の物産は
西陣織の綾にしき 友禅染の花もみじ

扇おしろい京都べに また加茂川の鷺しらず
みやげを提げていざ立たん あとに名残はのこれども

山崎おりて淀川を わたる向うは男山
行幸ありし先帝の かしこきあとぞしのばるる

淀の川舟さおさして 下りし旅は昔にて
またたくひまに今はゆく 煙たえせぬ陸の道

送り迎うる程もなく 茨木吹田うちすぎて
はや大阪につきにけり 梅田はわれを迎えたり

三府の一に位して 商業繁華の大阪市
豊太閤のきずきたる 城に師団はおかれたり

ここぞ昔の難波の津 ここぞ高津の宮のあと
安治川口に入る舟の 煙は日夜絶えまなし

鳥もかけらぬ大空に かすむ五重の塔の影
仏法最初の寺ときく 四天王寺はあれかとよ

大阪出でて右左 菜種ならざる畑もなし
神崎川の流れのみ 浅黄にゆくぞ美しき

神崎よりはのりかえて ゆあみにのぼる有馬山
池田伊丹と名にききし 酒の産地も通るなり

神戸は五港の一つにて あつまる汽船のかずかずは
海の西より東より 瀬戸内がよいも交じりたり

磯にはながめ晴れわたる 和田のみさきを控えつつ
山には絶えず布引の 滝見に人ものぼりゆく

七たび生まれて君が代を まもるといいし楠公の
いしぶみ高き湊川 ながれて世々の人ぞ知る

おもえば夢か時の間に 五十三次走り来て
神戸の宿に身をおくも 人につばさの汽車の恩

明けなば更に乗りかえて 山陽道をすすままし
天気はあすも望みあり 柳にかすむ月の影