明治43年
七里ケ浜の哀歌

真白き富士の嶺

 明治四三年一月神奈川県の七里ケ浜で
逗子開成中学のボートが沈み、乗ってい
た生徒一二名全員が死亡しました。この
曲は当時鎌倉女学校の教師三角錫子が同
年二月に発表した哀悼歌です。原曲は明
治二三年「明治唱歌」に載せられたガー
ドン作曲の「夢の外」です。     

真白き富士の嶺緑の江ノ島
仰ぎ見るも今は涙
帰らぬ十二の雄々しき魂に
捧げまつる胸と心

ボートは沈みぬ千尋の海原
風も浪も小さき腕に
力もつきはて呼ぶ名は父母
恨みは深し七里が浜辺

み雪は咽せびぬ風さえ騒ぎて
月も星も影をひそめ
み魂よ何処に迷いておわすか
帰れ早く母の胸に

み空にかがやく朝日のみ光り
暗にしずむ親の心
黄金も宝も何しに集めん
神よ早く我も召せよ

雲間に昇りしきのうの月影
今は見えぬ人のすがた
悲しさ余りて寝られぬ枕に
響く波の音も高し

帰らぬ波路に友よぶ千鳥
われも恋し失せし人よ
尽きせぬ恨みに泣くねは共ども
きょうも明日も斯くてとわに